Column

2016/07/13

平和願う心 受け継いで

※このコラムは中日新聞(2016年6月23日(木)朝刊)に掲載されたものです。

「平和願う心 受け継いで」

 この原稿が掲載されるのが六月二十三日だと聞いて、因縁めいたものを感じざるをえなかった。「6・23」は沖縄では「慰霊の日」だ。四年前のその日、私はひめゆり祈念館の館長だった島袋淑子さんに出会った。島袋さんの言葉は今も胸に残り続ける。「戦争は絶対にいけません。何があっても生きるんです」
 アメリカに住んで、まもなく三十年。二人の子供を産み、育てる中で、軍隊の存在や自分の命をどう守るかを考えさせる出来事に何回か向き合ってきた。バレーボールが大好きな長女の最初のボーイフレンドはバレーボール部の先輩、ダニーだった。赤毛のダニーは凧(たこ)のように誰よりも高くヒラリ!とジャンプした。バレーボールで奨学金をもらい大学に行きたいと私にも話してくれた。
 ところが、身長が低いこともあってその夢はかなわず、選んだのは軍隊だった。「僕の両親はお金持ちでもないし弟もいるので、良い教育を受けるためにこの道を選んだんだ」とダニーはほほ笑んだが、私は信じられなかった。兵士になるのは、国を守りたい一心からだと決めつけていた。「生きるために軍隊に入る」という矛盾するような選択をせざるをえないとは…。
 それからまもなく、赤い巻き毛を刈り上げ、軍服に身を包んだダニーはあいさつに来た後、イラクへと発(た)った。中学生のころから私を慕ってくれたダニー、私にとって初めての戦場への見送りは悲しかった。
 先日、起きたフロリダ州の銃の乱射事件はアメリカ史上最悪とされる。「全員が銃を持てばこの街は安全になるのさ」と真顔で言う友人が近所にいる。車庫には冷凍庫の横に物々しい大きな金庫のようなものが置いてあって、中にライフルや銃が保管されている。友人はそれを開けて自慢げに見せてくれたのだがあまり良い心地はしなかった。
 街中には洋服やバッグと一緒に銃を並べて売る店もある。隣人が近くの道の真ん中で銃に打たれ亡くなったこともあった。わが家でも「自己防衛のために銃を置くべきか」と何度話し合ったことか。だが、重く冷たい銃を手にして分かったことは「私には使えない、使いたくない」。結局、銃は持たず、もっと安全な郊外へと移り、自分を守ることにしたのだった。
 次元も時代も違うけれど、島袋さんの話が私の中にすっと染みていったのは、アメリカの文化や習慣の中でのこうした経験があったからなのかもしれない。壮絶なお話を聞いたその夜、沖縄の海風が私に運んで来たようにできた曲が「ひめゆりの丘」だ。島袋さんの平和への願いを少しでも受け継いでいきたいと、この季節になったら必ず歌うと、私は決めている。



6月11日保谷のこもれびホールでの「音楽のレシピ〜チョコっとライブ」写真です